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MARTH Q & A 人類の美しき未来への鍵は、二極的観点ではなく、一体の世界への気づきが、重要である…

2021年1月25日

はい、今夜もたわごとのお時間がやってまいりました。 まずはオープンのセッションからお届けします! リリも、寝ました。 それでは、早速ご質問の方をお読みしたいと思います。

Q:MARTHさん。MARTHさんのお話しを聞いていると、悪と正義、悪魔と天使。敵、味方。自分の国、人の国。身内、他人。光と闇。 といった二極的なものがひとつであるとおっしゃられているような気がしますが、どうでしょうか。

類の美しき未来への鍵は、二極的観点ではなく、一体の世界への気づきが、重要である…
MARTHオンラインアカデミー
「LASTRA Quantum Healing Academy 」

MARTH:というご質問なのです。 おっしゃるとおりで、そう言っているわけです。 悪と正義。それは正義がいいに決まっているし、天使がいいに決まっているし、愛がいいし、素晴らしい、純粋に生きることが人類の、また個人にとっても宇宙的に素晴らしいことなのです。

その根源は、すべてが素粒子、同じものでできている一体の世界。もっと言えば、創造の主体の夢のような世界。 一者の夢。一元に帰すというのはそのような意味なのです。 ですから、天からすれば、また神からすれば、万物すべてが自分なのです。 その部分である私たち人類が分離しているわけです。 それはやはりおかしいです。

分離しているから、これが神の世界。また天は一体である。ひとつである。一言である。一者である。 一者の夢である。というところから見れば、あらゆるものが一体で、あらゆるものがひとつで、同じものでできている。 その現れ、またその部分である私たちが、部分を担っている私たちが、分離を信じ、敵対し、その一体物同士が戦い、一体物同士が争うというのは、やはりメッセージが来て、やはりうまくいかない。という可能性を調べる必要があります。

これは特に、MARTHのアニメーションでもそうですが、非常にそれを愛してくださる方々に科学者の方や、医者をやられている方が多いです。 彼らは、名前をつけて、心臓とか、肺とか、腎臓とか、いろいろ名前をつけて、一体物に名前をつけて、それを専門とし、バラバラに処理されてこられたわけです。

これが西洋文明です。一体なるものをバラバラにして捉えるというのは非常に難しいことです。つながっていますから、一体ですから。 それと同じことがこの地球にも、宇宙にも起こっているわけです。 全部一体物なのに、名前をつけて分かたれていると思いこんでしまうと、またその他だと思いこんでしまうと、そこで争いや戦いや、様々な競争や比較や、また自我や、自己拡大、自我拡大、自我高揚、自己主張、自我主張です。 そういったあらゆる分離の賜物が、悲しみが生まれてきます。 で、それだけではすまないのです。

その分離を信じてしまった場合、一体であるのに一体でないと思いこんで生きるとすると、一体から出てしまうのです。 一体から自分が分離して、自我になってしまうのです。 そうしますと、あらゆるメッセージ、あらゆる苦しみ、だから大地から引っこ抜かれた木々や花のようになってしまうのです。 もう枯れ果ててしまう。 脳内物質は出なくなる。副交感神経は動かなくなる。 原子、素粒子の、要は電子がきれいに回らなくなる。 では、どうやって生きるのでしょうか。

だから、ドラッグや、酒、タバコ、いろんなものがないと苦しくてしょうがない。イライラしちゃってどうしようもなくなってしまいます。 ケンカして、争って、分離を信じたら…。

それが、全人類の苦しみなのです。 みながつらいのです。だって、一体の世界のなかで、一体じゃないと思って生きているというのは、あらゆるメッセージを自らに、自らが課すわけです。自らの素粒子が、それは違うだろ!一体だろ!それは違うだろ!つながっているだろ!それはみんなひとつだろ!みんな天が作り、みんな神がつくる。

ところが、みんながそれぞれバラバラに、天や神がバラバラだと思い込むなら、他の団体と戦う。他のグループと戦う、となってしまいます。一体物が戦い合うのです。 胃と腸が。また、心臓と肺が。腎臓と肝臓が戦い合う。

それを天が喜ぶわけがないし、万物が喜ぶわけがないし、一体である神と呼ぶものが、創造の主体と呼ぶものが喜ぶわけがないです。

だけど、勝つんだ!偉くなるんだ!すごくなるんだ!何が?自我が。また、仲間が、その自分の国。自分のなんとか。自分の、自分の、ということになってゆくわけです。

一体物を尊重し合う。他の臓器同士。他のグループ同士を尊敬し、愛しむ。愛するという文化が生まれないと、価値観が生まれないと、果たして人類に平和や幸せは本当に来るのでしょうか。

私たちはそのことを気づいてなかったのではないでしょうか。 人類が、それに気づく日が来たのではないかと私は思えてなりません。

人類はただ、それを知らなかっただけ。誰が悪い、誰が問題だというよりも、人類は一体であることを知らなかった。 ひとつであることを知らなかった。名称づけ、そして五感によって知らなかった。 その悲しみ、その痛みは、世界を覆い尽くし、どんなに争っても、解決できない。幸せな楽園は来ない。一体であることを知るまでは、あらゆる世界中の人が一体であることを知ることで、動物たちや、花たちも一体を知ります。

人間は、創造の主体の子なので、創造が任されています。ある程度の範囲、それぞれが。 想念によって創造できてしまいます。 分離を創造したら、人類に未来はないと、私は感じます。

当然楽園もないでしょう。 愛の世界、幸せな世界はないと思います。 一体性を、みんなで力合わせて、一体性を取り戻さない限り、その気づきを取り戻さない限り、人類が愛と平和と、幸せは創れないのではないかと感じてなりません…。 ということで今日は終わります。 MARTHのたわごとでした。

ここから先、インナーの方で、少しだけお話しを続けます…。
MARTH


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